遺伝性疾患について


股関節形成不全の問題

人間を含め生物の多くは様々な遺伝性疾患を持っています。
もちろん犬にも多くの遺伝性疾患がみられますし、近年その増加が大きな問題となっています。
特に、 自然淘汰や他犬種との交配というプロセスを経る機会が極端に少ない純血種においては、その傾向は顕著です。
ラブラドール・リトリバーに多い遺伝性疾患としては、股関節形成不全(以下HD)が有名です。
国内のラブの罹患率は46.7%にも達するという報告もあるので、事態は実に深刻です。

では、仮に純血種という枠組みは維持することを前提として、固有の遺伝性疾患を減らしていくためにはどういう方法があるのでしょうか?
HDの遺伝のメカニズムは複雑で、現在でもはっきりとは解明されていないようです。
当然「遺伝的素因を持たない犬同志のみを繁殖に使う」ということが求められるのでしょうが、これが簡単なことではありません。
罹患していないからといってその犬がHDの遺伝的素因をもっていないことにはならないからです。
(ですから、両親犬がHDの診断で問題がなかったということは、必ずしも「その子供がHDを発症しない」という担保にはなりません)
疾患のある個体を繁殖に用いないことは当然ですが、その同胎犬、両親、近親、さらには先祖の情報が非常に重要となるわけです。
そういった理由から、欧米諸国ではいくつかの検査・登録団体が設立され、ある程度の成果をあげているようです。
中でもOFAデータベースはウェブ上で簡単に参照することが可能で、ぼくもモーフィーの血統書や国内各ブリーダーのサイトの情報をもとに、調べた結果をずいぶん参考にさせてもらいました。
ところが、日本国内ではこのような検査・登録機関がなく、HD減少への取り組みどころか、その診断さえも困難な状況が長年続きました。
しかし、HDをはじめとするペットの遺伝性疾患が大きな社会問題となってきたことも影響してか、獣医師を中心として2003年についに「NPO法人 日本動物遺伝病ネットワーク(JAHD Network)」が設立されました。
JAHDでは、現在「犬」の「股関節形成不全症」「肘関節異形成症」「膝蓋骨脱臼」の診断と登録が行えます。
ラブにおいて大きな問題となっているHDを減少させるために、我々飼い主ができる数少ない(そして重要な)ことのひとつとして、まずはJAHDへの登録とその情報公開への協力があげられるとぼくは思います。

なお、遺伝性疾患、股関節形成不全、検査登録団体等に関しては、以下のサイトに非常に詳しく記載されていますので、ぜひご参照ください。
「TARO'S CONNECTION」さん
「わんずているさん



飼い主にとって重要なこと

自らの考えるその犬種における理想の犬を作り出すことを最大の目標としているホビーブリーダーにとっては、必ずしも遺伝性疾患の減少への努力が交配に際しての犬の選択における最優先事項とはならないとは思いますが、犬との生活を楽しむことが目的で(繁殖を考えていない)一般の飼い主、またそういった人々への犬の供給を目的とするプロブリーダーにとっては、健康に重大な影響を及ぼすHD等の撲滅は大きな関心事だと思います。
もっとも、運動能力が著しく損なわれるHDの発症、およびその遺伝子をもっているということは、本来作業犬であるラブにとっては致命的とも言えるので、その撲滅は当然ホビーブリーダーにとってもプライオリティの高い要素であるはずです。
ただし、HDの撲滅を願うブリーダーが目指すのは、「自犬舎の血統からHDの遺伝子を排除する」ことであり、その結果として「その犬種におけるHDが減少」というベクトルを描くのに対して、飼い主にとっての最大の関心事であり重要な点は、「自分の愛犬がHDを発症しない」ということです。
誤解を恐れずに極端なことを言えば、キャリアであってもHDでなければ何の問題もありませんし、HDであっても発症しなければいいわけです。
この点は非常に重要なので、ブリーダーの説明を受けたりする際にも、注意が必要だと思います。
もっとも、多くの飼い主がその点に関心を持つことによって、最終的には「その犬種におけるHDが減少」ということにつながるので、それは間違ったことでも自分勝手なことでもないとぼくは思います。


以下は、「一般の飼い主として」という視点で、考えたものです。
また、遺伝性疾患には様々なものがありますが、とりあえず「股関節」に関しての記述です。


JAHDにおいて検査・登録する意味と目的

飼い主にとってまず考えられるメリットは、愛犬の股関節の状態を客観的かつ比較的正確に把握できるということです。
HDは「股関節の緩みの程度」 と「関節炎の有無」 によって診断されますが、関節炎は進行性の疾患であり、早期に適切な治療を行ったり飼育環境を整えるということが、発症を防いだりその進行を遅らせるうえで大変有効となります。

第2の目的と意義は、その犬種におけるHDの減少に(少なくとも理論上は)貢献できるということです。
日常の観察や同血統の犬の情報、あるいはかかりつけの獣医独自の診断などから「たぶんHD発症の心配はないだろう」と思われる愛犬でもJAHDに登録・公開する意義はここにあります。
先述したように、交配に際してはそれに用いる個体だけではなくその同胎、さらには近親犬の情報が重要だからです。
ところがブリーダーがそれを調べようにも、すでに譲渡された個体の状態を把握するのは困難だという現状があります。
そこで、多くの飼い主が検査・登録そして情報公開を行うことが大きな意味を持つわけです。
つまり、ブリーディングの際により確実にHD遺伝を排除するための判断材料が充実し、また我々が子犬やブリーダーを選ぶ際にも貴重な情報源となるということです。
しかし、JAHDのデータベースを見ると、2006/2/18現在ラブの登録件数はまだまだ少なく、診断結果を考える上で重要となる各犬種ごとの平均値や中央値もまだ公表できない段階のようであることは、いささか残念なことです。

各団体によって診断の条件・方法や評価の表現は異なっていますし、データベースの充実度という点においてはOFAが優れていると思いますが、やはり日本国内でHDを減らしていくためには、我々飼い主はJAHDへの登録を選択し、データの集積に協力していくことが求められているとぼくは思います。
また、設立の趣旨から言っても、特別な理由がない限り、当然診断結果は公開するべきだと思います。
個人的には、なぜ登録と公開がセットになっていないのかは、ちょっと理解に苦しむところです。


診断・登録の実際の手順

JAHDへの登録は生後1歳以降から行うことができます。
手順としては、
1.動物病院へ事前に連絡し、レントゲン撮影の予約をする。(撮影には所定の方法が指定されているので、あらかじめ印刷して手渡しておいたほうがいいと思います)
2.申請用紙に必要事項を記入。
3.動物病院でレントゲン撮影。担当の獣医さんに申請用紙内の必要事項を記入、署名していただく。
4.必要書類をJAHDへ送付し、診断・登録料金を送金。
という感じです。
モーフィーの場合、年末の12/28に撮影・書類を送付して、正月を挟み1/28には結果が届きました。
別料金で依頼することができるレントゲン画像のデジタルコピー(CD-R)到着は少し遅れて2/6、
またサイト・データベースへの公開はもう少し時間がかかるようです(2006/2/18現在、未公開)。
犬によってはレントゲン撮影を無麻酔で行うことも可能ですが、我が家の場合、獣医さんと相談した結果、はじめから麻酔をかけることにしました。
朝食を抜いて、朝一番で病院に預け、夕方に迎えに行くというスケジュールでしたが、昼頃に実施した撮影自体は30分もかからなかったそうです。

なお、獣医によっては、JAHD等登録のためのレントゲン撮影に難色を示すことや、JAHD(というか遺伝性疾患検査・登録団体全般)そのものについての理解が得られないことがあるようです。
「俺の診断が信用できないのか!」とピントはずれのことを言って怒り出す方すらいるとか........
もっとも、JAHDでの診断や登録は関節炎の治療を目的としたものでは基本的にありませんし、獣医が治療を行う上で不可欠という類のものではないと思いますので、その点は飼い主側の理解も必要だと思います。

JAHDの審査登録システムに関して評価結果の解釈について各犬種の公開データ、また遺伝性疾患の解説等の詳細は、JAHDサイトをぜひご参照ください。
「NPO法人 日本動物遺伝病ネットワーク(JAHD Network)」


股関節形成不全発症のメカニズム

HDの犬を減らしていく上で、現在できるもっとも確実なことは、選択的に繁殖を行っていくことであり、そのために必要な情報を充実させていくことであるのは、先述したとおりですが、我々飼い主に出来ることはそれだけなのでしょうか?
この方法でHDを減少させるのは、まあずいぶんと気の長い話になることは間違いありません。
正直言って、現在の愛犬や次に飼うことになる自分の犬を守るのにどれだけ有効なのかは、いささか心許ないところです。

JAHDのパンフレットによると、「股関節形成不全発症の70%が遺伝的要因であり30%が環境的要因であると言われる」とありますが、果たして本当にそうなのでしょうか?
雑誌「RETRIEVER」のvol.40/2005年10月号に、「犬の牧場」オーナー・川股昭彦氏による非常に興味深いリポートが掲載されました。
「股関節形成不全は遺伝性疾患ではない?」となかなかセンセーショナルに題されたその記事では、子犬の時期から広大な敷地内で運動をさせて育てた同牧場内の犬にはHDの発症は1件も見られず、(同じ遺伝的条件を持ちながら)譲渡した子犬139頭中12頭にHDの発症報告があったこと、またその他の観察結果や経験から、「HDの発症原因は子犬期の過小運動にあるのではないか?」という見解が披露されています。
「遺伝性疾患ではない」という部分に批判もあるようですが、この記事が我々一般の飼い主にとって重要な点は、(遺伝性疾患であろうがなかろうが)その発症を飼育環境によって100%防ぐことが出来る可能性がある、ということを示唆している点です。
またまた誤解を恐れずに極端なことを言えば、もしそうであれば我々飼い主は、「愛犬を迎える際にその子犬がHDの遺伝的素因をもっていても、それはまったく決定的な不安要因とはならない」ということを意味するからです。
はるか昔に勉強した計算式はすでに忘却の彼方で、このサンプル数から統計学的な有意差(だったっけ?)が得られるのか?、またふたつの標本群の条件統制(だったっけ?)が問題ないのか?、などはさっぱり判別できませんが、この主張には個人的に強く共感できる部分がありました。

モーフィーが子犬の頃、運動をさせるべきか否か、またその程度に関してずいぶんと悩んだものです。
飼育書や犬のホームページなどには「HD発症のリスクを低減するために、子犬の頃に激しい運動をさせてはいけない」とよく書いてあります。
実際に、ぼくがある掲示板に「ラブの子犬を飼っている。非常に活発で運動欲求も高いが、ドッグランなどに頻繁に連れて行くことも大変だ。みなさんはどうやって運動させていますか?あるいは子犬の運動欲求をどうやってコントロールしていますか?」といった趣旨の書き込みをしたところ、親切なベテランラブ飼いの方から「生後一年くらいまではあまり運動はさせない方がよい、体ができてから好きなだけ運動させることも出来るし、子犬のうちは部屋の中でひっぱりっこやボール投げをして遊んであげればよい」といったような内容のメールをいただきました。
しかし、ぼくはこの「子犬の頃は運動を控えろ」という説にはどうも納得がいかなかったのです。
少年野球で変化球などを連投させることは避けなければいけないし、猛暑の中で水も与えずに子供達にランニングさせることは危険です。
しかし、「体のできていない18歳くらいまでの間は近所の散歩程度にとどめて運動は控えるべきだ」などということがあるでしょうか?
ヘトヘトになるくらいの遊びや運動を重ねることから、必要な筋肉や骨格が形成され、健康な「体ができる」のではないだろうか?
前出の記事は、当時そう考えていたぼくには実に納得のいく内容でした。
結局、色々悩みましたがモーには「強制運動」(犬の意志に関係なく、自転車で引いたり、極端に連続してボールもってこいをさせること)、「フリスビーなどジャンプを伴う運動」などは意識的に控えたものの、ドッグランや人気のない広い場所などでの自由運動はたっぷりとさせました。
はじめの頃、ドッグランなどで年上の犬と遊ぶ時は、体力の限界がわからずへばったりもしてヒヤヒヤさせられましたが、そのような経験を重ねるうちに自分の体力を把握して運動のペース配分も出来るようになりました。それに、子犬だってバカじゃないから、疲れれば休むものです(それが出来ない状況では、当然飼い主の判断で休ませる必要があると思います)。
また、ブリーダーさんからの強いアドバイスもあって、生後1年近くまではフローリング部分にはカーペットを敷き、躾上の理由からも部屋での運動は極力避けました(まあ実際にはけっこうやってたんですけど)。

結果的にモーの股関節に問題は起こらず、スコアも極めて良好でしたが、上記の飼育方針が功を奏したのか否かについては、はっきりとはわかりません。
しかし、一般に浸透している「子犬の頃あまり運動させるのはよくない」という説に関しては、再考の余地があるように思います。
「適度な運動は絶対的に必要だが、過度に負担をかける運動はよくない」という極々当然のことが、いつの間にか誤った方向に変形して広まってしまっている、という気もするのですが........
まったくの私見ですが、「股関節形成不全」の問題が一般に知られるようになり、「子犬の頃はあまり運動させないほうがよい」という説が勉強熱心な飼い主の間で常識化したことがHDの発症増加にさらに拍車をかけるという悪循環を起こしている、という気すらします。
また、同様に喧伝されている「子犬の頃に太らせてはいけない」という「常識」が飼い主の不安を必要以上に煽り、成長期に本来不可欠な栄養が充分に与えられないことから、健康な体躯形成に必要とされる筋肉等の成長を阻害している、という可能性はまったくないのでしょうか?
ちなみに、川股氏は記事中で子犬の適切な運動量の目安として「ツメを切る必要がまったくない状態」ということをあげています。
また、子犬のフードの適正な供給量に関しても、何かの本で(巷の飼育書と比較すると)ユニークな見解を披露していたように記憶しています。

ともかく、股関節形成不全発症のメカニズムに関しては、今後のさらなる研究と報告を期待したいところです。

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